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新 歪んだ愛の形[後編] [Page 10/12]
10:つらい笑顔
正太は物置き小屋に着いた。そこはプレハブの小さな小屋で、使われなくなった学校の備品が詰め込んである。そのほこりの溜まった床に竜太が倒れていた。
「竜太!」
正太は竜太の姿を見つけると、大声で叫んだ。ほこりにまみれた竜太は、正太の姿を見るといきなり泣き出した。それは竜太が正太に見せる始めての涙であった。よほど酷い目にあわされたのだろう。正太は竜太をそっと抱き上げた。
「かわいそうな竜太…恐かったんだね。もう大丈夫だよ。大山君も僕達の事わかってくれたんだ」
竜太は相変わらず正太の腕の中で声を上げて泣いている。それはまるで母親の胸で泣きじゃくる赤ん坊のようだった。
しばらく二人はそのままでじっとしていたが、小屋の入り口に動く人影があった。
「誰?」
そこには麻衣子がいた。
「桑野…さん。みんなは?」
「5時間目が終わったからもう解散したわ。みんな教室に戻ってると思う」
麻衣子が二人に近づいてきた。正太は立ち上がり、麻衣子に向かって言った。
「一体どういうつもり?僕達をこんな目にあわせて!」
麻衣子はその言葉には応えず、竜太の方を向いた。
「ふふっ、いい気味ね竜太君。いい気味よ…竜太…君…」
次の瞬間、麻衣子は床に座り込んでいる竜太に飛びつき、彼を強く抱きしめた。
「竜太君、許して!あたしはちょっと困らせてやろうって思っただけなの。それなのにこんな騒ぎになるなんて…」
竜太は涙に濡れた顔で麻衣子を見た。その顔にはまだ嫌疑の念が残っている。麻衣子は続けた。
「あたし本当は竜太君のこと…好きだったの。始めて会った時から。だから正太君からあたしの方に振り向かせようって思って…」
その言葉に竜太は驚いたようだった。もちろん正太も初耳だったのでびっくりした。
「知らなかったよ。俺の事が好きだったなんて。それなのに俺、お前に…あんなことしちまって、…ごめんな」
竜太はしゃくり上げながら言った。麻衣子は小さく首を振った。
「ううん、いいの。私の本当の気持ちを竜太君に伝えられたんだもん」
竜太の心から麻衣子に対する嫌疑が少しづつ消えていった。そして竜太は、正太にとって信じられない言葉を発した。
「俺も…お前が好きだ」
「ちょっ…ちょっと待ってよ竜太。どういう事なの?」
正太は慌てて言った。竜太は正太に顔を向けた。
「俺…あの時…麻衣子を犯したあの時から…正太との関係に疑問を持ってたんだ。本当に男同士で良かったのかなって。そんな時にこの事件だろ?俺は思ったよ、男同士じゃ絶対に結ばれないって」
「で…でも…まわりが何て言ったっていいじゃないか。僕達は本気で愛し合っていたじゃない!」
「…じゃあお前に俺の子供が産めるのかよ!」
そう言うと竜太はうつむいた。そんなことは問題じゃない、そう言おうとして正太は口をつぐんだ。もう竜太の心は完全に自分から離れていってしまったのだ。逃げていく竜太の心は縛れない、正太は自分にそう言い聞かせた。
「正太…お前には悪いと思ってるんだけど…」
「き…気にしなくていいよ。どうせ男同士なんて…。でもね…僕は…僕はずっと竜太のこと信じてた!竜太のことが本気で好きだったんだ!」
正太は後ろを向いて駆け出した。涙が後から後から流れ出してきた。背後で竜太と麻衣子の呼ぶ声が聞こえてくる。しかし、正太は涙を見せたくなかった。もし見せたら竜太の心が変ってしまうかも知れない。竜太は優しいから…。正太は振り向かないで一気に走っていった。
   *   *   *   
教室に戻った正太は、ただ独り残っていた大山に迎えられた。
「先生やクラスのみんなには俺が話をつけておいた。今度から俺、もっと人の気持ちを考えるようにするよ。だから…友達に…なってくれないか?」
大山はそう言うと、正太に右手を差し出してきた。正太はその手をしっかりと握り返した。大山の手は大きく、そして暖かった。
「それより正太、お前すごく強くなったな。去年なんかすぐ泣いてたじゃんか。なんかたくましくなったって言うのかな。そんな感じがするぜ」
「えっ?そうかな。ありがと…」
正太は照れくさそうに笑った。
「おい正太、そう言えば竜太…だっけ、あいつはどうだった?」
「えっ?竜太?…たっ…大したことなかったよ」
「そうか…良かった…。正太、あいつとは仲良くやれよ」
大山は軽くウインクをした。正太は切なさに涙がこぼれそうになった。
「うん…竜太とはずっと…仲良くやってくよ」
正太の声は消え入りそうだった。
そして大山が帰った後、麻衣子が遅れて教室に入ってきた。麻衣子は正太の姿を見ると、すまなそうにうつむいた。
「竜太君は、今保健室で寝てるわ。でも今日の事、あたし正太君に何て言ったらいいか…。竜太君を奪ったみたいになっちゃって…」
麻衣子はうつむいたままで言った。正太は麻衣子のほうに向き直った。
「僕ね、一つだけ桑野さんに言っておきたいことがあるんだ」
「何?何でも言って」
「竜太と…絶対に別れちゃ駄目だよ」
正太は静かに、そして穏やかに言った。麻衣子は少々驚いた。
「本当にそれだけ?それだけでいいの?」
正太は笑顔でうなずいた。その笑顔は少しつらそうにも見えた。正太はランドセルを担ぐと、何も言わずに教室を出ていった。
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