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新 歪んだ愛の形[後編] [Page 9/12]
9 : 「愛」の意味
「マジでチクりやがったぜこいつ」
「さっさと逃げ出すかと思ったけどな」
「あいつを隠しといて良かったぜ」
大山達三人は正太を取り囲み、口々にそんなことを言った。支えになるものを完全に失ってしまった正太は、狼に囲まれた小羊のようにおびえていた。
「竜太は?何処に行ったの?」
小刻みに震えながら正太は訊いた。
「竜太ぁ?あいつだったらある場所に放り込んであるぜ。もっともその前に俺達がたっぷりお仕置してやったからもう動けないと思うけどな」
大山はニイッと笑った。
「ある場所?何処なのそこは?」
正太は恐さも忘れて叫んだ。今度は後ろにいた石原が言った。
「さあ、何処だっけなぁ。とにかくお前が先生連れてこなきゃこんな事にはならなかったんだよ」
「それじゃ正太にもお仕置してやろうか」
不意に村山の顔が近づいてきたので、正太は思わず顔を背けた。その瞬間、村山のパンチが正太の頬に飛んできた。正太はその場に倒れた。
「また蹴っ飛ばしてやろうか?」
村山の言葉に正太は小さく丸まった。そこで三人は輪になって正太を蹴り回した。遠くの方でチャイムの鳴る音が聞こえている。しかし、その音は体育館の裏にいる誰の耳にも届かなかった。
《竜太…竜太…》
大山達に蹴られながら、正太はただ竜太の事だけを考えていた。自分をかばって何処かで傷ついている竜太の事を…。
「おい、泣けよ正太。しぶとい奴だなぁ。こうなったら…」
大山は辺りを見渡した。少し離れた所に運動会の時に使った立て看板の残骸が積み上げられていた。大山は小走りでそこに行くと、一本の角材を持って戻ってきた。
「食らえっ!」
うずくまった正太の背中に、角材が思い切り振り下ろされ、鈍い音がした。正太はきつく目を閉じ、声にならない叫びを上げた。大山は何度も何度も角材で正太を打ち付けた。しかし、それでも正太は泣かなかった。
「何で泣かないんだよお前は!」
振り下ろした角材が正太の頭に当たり、額から血が流れた。村山と石原はだんだん恐くなって足が震えてきた。元々この二人は正太に大した恨みなどなかったが、正太をいじめなければ自分達がいじめられる、そう思って大山の言う通りにしてきただけなのである。
「くそっ!何で泣かないんだ!」
大山は半分やけくそになっていた。しかし、振り上げた腕を村山と石原が止めた。
「やばいよ大山、このままじゃ正太が死んじまう」
「うるせえ!こんなムカツク奴なんか死んだほうがいいじゃねえか。そうだろ?」
大山の言葉に村山と石原は首を横に振った。大山は二人をなぎ払った。
「お前ら俺を裏切るつもりか?ぶっ殺してやる!」
その時、正太が渾身の力を振り絞って叫んだ。
「いい加減にしてよ!」
大山の動きが一瞬止まった。そのすきに村山と石原は逃げてしまった。大山は叫びながら地面に角材を叩き付けた。乾いた音が体育館の裏に空しく響きわたる。
「元はと言えばお前がさっさと泣かなかったからこうなったんだ。何で泣かないんだよ正太!」
「…僕は、竜太の事が心配なんだ!」
地面に転がったままで正太は言った。大山の眉が動いた。
「正太…お前は自分の事よりもあの竜太ってガキのことを心配してんのか?何でだよ」
「竜太を…愛しているからさ!」
それを聞いて大山は笑い出した。
「愛してるだって?男同士で?ふっ、ふざけんなよ!」
大山は正太の襟首をつかむと、自分の胸元まで一気に引き上げた。正太は大山から目を逸らさなかった。
「みんなから見れば確かに変かも知れない。でも…僕は竜太を愛したんだ。それは大山君が女の子を好きになるのと全然変わらないんだよ!」
「嘘つけ!」
大山は正太を突き飛ばし、再び地面に転がした。
「俺だって何人もの女子を好きになった。だけど…そいつらはしばらく経つとみんな俺から逃げていった。どうしてだよ、どうしてなんだよ正太!」
正太が体中の砂を払いながらゆっくりと立ち上がった。そして大山の目を見ながら言った。
「大山君は相手の気持ちを真剣に考えたことがあるの?相手を心から信じてたの?」
大山は言葉を失った。正太はさらに続けた。
「もし誰かを好きになったら、その人の事を良く考えなきゃ駄目さ。そして信じるんだよ。最後まで…。それが『愛』って事なんじゃないの?」
大山は肩を震わせた。逃げたと思っていた村山と石原が、担任の川田を連れてやってきた。5時限目の最中だったために、クラスの皆も一緒についてきた。
川田は、泥と血にまみれた正太に急いで駆け寄った。
「田辺…こんなにボロボロになって…。許してくれ、いじめに気付かなかった…いや、気付こうとしなかった先生を…」
川田は涙を流しながら正太をひしと抱き締めた。その時、そばに立っていた大山が、正太に向かって土下座をした。
「ごめん、正太。俺…淋しかったんだ。親にも、誰にも相手にされなくて。だからお前のことがうらやましかったんだ」
大山はそう言うと地面に額をこすりつけた。正太の顔は驚くほど穏やかだった。
「いいんだよ、わかってくれれば。顔を上げてよ。それより竜太は何処にいるの?」
「あいつは物置き小屋の中にいる。早く行ってやってくれ」
力強くうなずくと、正太は川田の腕をすりぬけた。
「先生、友達が閉じ込められているんで助けに行きます」
正太はそう言うと、すぐに駆け出していった。川田や、他のクラスメイトも何人かついて行こうとしたが、大山がそれを引き止めた。
「あいつだけに行かせておけ!これは…あいつらの問題なんだから」
もう大山は今までの暴力ばかりの彼ではなかった。正太の言葉で、人の心を考えられる人間になったのだ。大山は正太の後ろ姿をじっと見つめていた。
5限終了のチャイムが遠くでなっている。
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